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高松高等裁判所 昭和48年(ツ)1号 判決 1973年3月27日

上告人

大西ヤスノ

外八名

右上告人九名訴訟代理人

津島宗康

被上告人

三好孝彦

主文

本件各上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人津島宗康の上告理由第一点について

原審は、訴外亡大西広見およびその相続人の上告人らは、昭和四一年度から昭和四三年度までの原判決添付目録(三)の土地(本件土地)の客観的な適正延滞賃料計金四〇〇七円を、被上告人から第二回目の本件土地賃貸借契約解除の意思表示がなされた昭和四五年二月九日までに支払わなかつたこと、被上告人は、上告人らに対し、昭和四四年六月一〇日伊予三島簡易裁判所に昭和四一年度から昭和四三年度までの延滞賃料として合計金一万三〇六四円の支払請求を含む本件訴訟を提起し、右訴状の副本は昭和四四年六月二五、六日頃上告人らに送達されたこと等の事実を認定し(以上の認定は、挙示の証拠等により肯認できる)、右本件訴状の副本が送達されたことにより、民法五四一条の催告がなされたものと認め、かつ、右催告は相当の期間を定めて債務の履行を請求したものではないが、本件土地賃貸借契約解除の意思表示がなされるまでに相当の期間が経過したとして右催告および契約解除を有効と認めたことは原判文上明らかである。ところで、民法五四一条の催告は、債務を履行しなければ契約を解除する旨の警告を明示する必要はないと解すべきであるし、また、催告は、相当な期間を定めてこれをしなければならないが、相当な期間を定めずになされた催告も直ちに無効となるものではなく、催告後相当の期間を経過した後には有効な催告があつたものとして解除権が発生するものと解すべきところ、前記原審の違法に確定した事実によれば、本件訴状副本の送達により、被上告人は、昭和四四年六月二五、六日頃延滞賃料の支払催告をし、その後昭和四五年二月九日本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をしたというのであるから、被上告人が右催告後解除の意思表示をするまでには相当の期間が経過したものというべきである。つぎに、被上告人のなした右催告は、前記のとおり、客観的な延滞賃料額は計金四〇〇七円であるのに対し、右延滞賃料を計金一万三〇六四円であるとしてその支払催告をしたものであつて、過大催告ではあるが、かかる過大催告が無効であるというためには、被上告人が右催告にあたり、前記催告額全額の提供を受けなければその受領を拒絶する意思を有していたことが必要であるところ(最高裁・昭和三七年三月九日判決、民集一六巻三号五一四頁参照)、前記の如き過大の程度やその他上告人ら主張の如き事実を以てしては、被上告人に右受領拒否の意思があつたものと推認することはできない。そうだとすれば本件訴状による催告およびその後の解除は有効と解すべきであつて、論旨引用の最高裁判所の判例は、これと抵触するものではなく、原判決には所論の如き違法はない。よつて論旨は採用できない。

同第二点について

訴状に記載された請求や主張は、本来裁判所に対する行為であつて訴訟行為というべきであるが、かかる訴訟行為のなかにも他面において相手方に対する私法上の請求や、相殺、解除の意思表示などのいわゆる私法行為をも併有している場合もあると解すべく、また民法五四一条の催告は、債務者に対し債務の履行を促がす債権者の意思の通知であつて、右催告には、前述のとおり債務の履行をしないときは契約を解除する旨の警告を明示する必要はないし、さらに右催告をなすには法律上何らの方式も要求されていないのであつて、訴訟上訴状や準備書面にこれを記載してなすこともできると解すべきところ、本件訴状には、前記のとおり、被上告人が上告人らに対し、昭和四一年から昭和四三年までの本件土地の賃料の支払請求をする旨記載されているのであるから、右訴状の副本が上告人らに送達されたことにより、上告人から上告人らに対し、右延滞賃料の支払を促がす私法上の意思の通知、すなわち催告がなされたものと解すべきである。所論は独自の見解に基づいて原判決の違法を主張するものであつて、採用できない。

同第三点について

本件訴状の副本が上告人らに送達されたことにより延滞賃料の支払催告があつたと認めるにつき、判決理由中に所論のような理由を明記しなければならないものではないから、原判決に所論のような審理不尽、理由不備の違法はない。よつて論旨は採用できない。

同第四点について

民法五四一条の催告は、相当の期間を定めて債務の履行を促すべきではあるが、右相当の期間を定めなかつた場合でも直ちに右催告が無効となるものではなく、右催告後相当期間経過後に解除権が発生し得べく、また右催告に債務の履行をしないときは契約を解除する旨の警告を明示する必要のないことも前記のとおりであつて、上告人ら先代広見が、過去において昭和三三年以降昭和四二年三月までの間に亘り、本件土地の賃料の支払を怠つたことがある外、さらに右広見の相続人である上告人らも本件催告にかかる延滞賃料を相当期間内に支払おうとさえもしなかつたこと、など原審の認定した事実関係のもとでは被上告人のなした本件賃貸借契約解除の意思表示は何ら信義則に反するものでもなければ権利の濫用でもない。所論は原審の認定しない事実ないしは独自の見解に基づき、本件賃貸借契約の解除は信義則に反するとして、原判決を非難するものであつて、論旨は採用できない。

同第五点について、

本件訴状の送達により延滞賃料の支払催告があり、かつ、右催告を有効と解すべきことは前記のとおりであつて、論旨引用の最高裁判所の判例はこれと抵触するものではなく、原判決には所論のような違法はない。よつて論旨は採用できない。

よつて、民訴法四〇一条九五条八九条九三条に従い、主文のとおり判決する。

(加藤龍雄 後藤勇 小田原満知子)

上告の理由

第二点 原判決は民事訴訟法上訴の意義性質効力等に関する同法第二二三条、第二二四条等の解釈適用を誤り民事訴訟法上の実験則に反して、延滞賃料の請求を含む訴状の送達をもつて民法第五四一条の催告と認定した事が違法なる事勿論、斯る判決を為す場合納得するに足る理由を明示すべきに拘らず何ら首肯するに足る理由を判示していない事は理由不備の違法がある。

原判決は第一審において上告人提出の延滞賃料請求を含む訴状が上告人九名に送達された事実をもつて民法第五四一条所定の催告であると判定されているが、この訴状には勿論其の後の全口頭弁論の結果を綜合探究しても、此の請求にはその債務不履行の場合本賃貸借契約を解除する旨も、其の債務について相当の期間の指定もない事本件記録上明白であり、原裁判所も之を認めている処である。

被上告人がその契約解除権を行使するには前掲民法第一条第二項の規定に従い信義誠実に之を為すべき義務として必ず賃借人九名に対して若し延滞賃料を支払はない場合は賃貸借契約を解除すべき事を予告すべき事が必要である事第一点で陳述した理由によるものである。

而して民事訴訟法第二二三条第二二四条其の他全民事訴訟法条を閲読しても、又民事訴訟上の実験則から観ても、延滞賃料の請求を含む訴状が民法第五四一条の催告の効力を有する等という事は吾人不敏管見にして来た嘗て知る事ができなかつた事である。

若し原判決の如き解釈が適法とするならば其の適正且つ首肯するに足る理由を明示せらるべきである。

然るに拘らず原判決は極めて簡単に「右訴状送達が催告に当ること言うまでもない」として何等の理由を示されていない。延滞賃料の請求を含む本件訴状には、その延滞賃料を支払はないときは賃貸借契約を解除する旨の予告がなされておらず且つ履行の相当期間の指定もない。

単に延滞賃料の請求をしているのみである。

此の請求は其の金額が当事者双方の主張に相違があるので其の請求金額が適正である事の認定を求めて其の請求額の支払を上告人ら九名に対して求める事が目的であつて、之をもつて民法第五四一条の催告に代へるべき意思でなかつた事勿論である。にも拘らず之を催告と認定した事は違法なる事勿論である。

此の点についても原判決は破棄を免れない。

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